胃がんの病期(ステージ)と治療法
目次
胃がんの病期(ステージ)による治療法
検査によってがんがあることが分かると、頭では分かっていても病気を認めたくない気持ちが込み上げてきたり、絶望感に襲われて何も考えられない状態に陥ったりするかもしれません。そうした心の動揺は誰にでも起こることです。なにより大切なことは、医師が語る説明をしっかりと理解することです。
※参考記事:「がん患者と主治医とのコミュニケーション」
さまざまな検査によって明らかになったがんがどれくらい進行しているのか、どのようなからだの状態にあるのかを判断して、治療方針が決定されます。そのために、検査によって、まずがんの進み具合が診断されます。
がんが粘膜や粘膜下層にとどまっていて、再発の可能性が低い「早期がん」なのか。それともがんが筋層より深くに入り込み、場合によっては治療しても再発する可能性のある「進行がん」なのかを判断します。
さらに、リンパ節に転移する可能性があるのか、あるとすればどの程度の範囲に及ぶのかを検討してから、がんの進行を示す病期(ステージ)を判断し、その病期に応じた治療法を決めていきます。
がんの病期(ステージ)の分類
がんの進行の程度は、病期(ステージ)として分類します。これは、次の3つの分類の組み合わせで決めます。
がんが胃の壁のどのぐらいの深さにまで及んでいるのか、深達度はTで表します(表1)。
胃に関連したリンパ節に何個転移しているかはNで表します。離れた他の臓器の転移、遠隔転移はMで表します。
これらを目安にして、総合的に病期が決定されます。胃がんでは、早期から進行につれてI期〜IV期に分類されます。
※出典:日本胃癌学界編「胃癌取扱い規約第15版」(2017年、金原出版)より作成
治療の前には臨床分類を用いて治療法を決めます(表2)。
ただし、最終的な進行度は手術で切除した胃とリンパ節を病理検査という詳しい顕微鏡の検査で決まります(表3)。
臨床分類は予想の進行度であり、病理分類が正確な進行度でかなり細分化されています。
「臨床分類」(表2)は、画像診断や生検、審査腹腔鏡などの治療前の検査の状態で決まります。
※出典:日本胃癌学界編「胃癌取扱い規約第15版」(2017年、金原出版)より作成
「病理分類」(表3)は、手術で切除した部分の組織を詳しく調べて診断します。この病理分類は病気の見通しを立てたり、術後に補助的な化学療法が必要かどうかを判断したりするときなどに使われます。
臨床分類と病理分類は異なる場合があるため、切除したがんを観察、検査した結果、病期が変わることがあり戸惑うかもしれませんが、それはより良い治療のために必要な過程です。
胃がんの治療法には、内視鏡治療、手術、薬物療法などがあります。
治療法は、胃癌治療ガイドラインに基づく標準治療をベースにして、患者さんそれぞれのからだの状態や年齢、希望なども含めて検討し、医師とよく相談しながら決めていきます。
納得できる治療法の選択をするためにも、可能であれば医師との話し合いの前に、自分が必要だと思う情報を集めておきましょう。病状や治療法、治療後の療養生活などの情報を得ておくと、医師の説明も理解しやすくなりますし、治療に対する不安が軽くなるかもしれません。治療にあたって医師の言葉を十分に理解するためにも、知識を得ることは大切です。
担当の医師からの説明だけでは納得できなかったり、理解ができなかったりした場合は、セカンドオピニオンといって別の病院の医師の説明を受けることもできます。
また、治療が妊娠や出産に影響することがあります。「妊よう性温存治療」という妊娠するための力を保つ治療方法が可能なのかどうか、治療開始前に医師に相談してみましょう。
内視鏡治療とは?
内視鏡を使って胃の内側からがんを切り取る方法です。がんが胃壁内腔側の表層部である粘膜層にとどまっていて、リンパ節への転移の可能性が低い早期のがんの場合に行われます。
手術と比べてはるかにからだへの負担が少なく、切除後も胃がすべて残るため、食生活への影響はほとんどありません。。ただ、合併症として、まれに出血や穿孔(穴が開くこと)が起こることがあります。
内視鏡治療で切除した組織をよく調べて、がんが確実に取りきれたかどうかを確認し、リンパ節への転移の可能性も考慮に入れつつ、次の治療を決めていくことになります。
がんを確実に切り取ることができ、転移の可能性が低いと判断されれば、経過を観察します。
がんを内視鏡治療では取りきれていなかったり、取りきれてはいても転移の可能性があったりした場合には、胃とリンパ節を一緒に取り除く手術が必要となります。
内視鏡による胃がん切除の方法には、高周波のナイフで切り取る「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」、輪状のワイヤーをかけてがんを切り取る「内視鏡的粘膜切除術(EMR)」のふたつがあります。
病変の大きさや部位、悪性度、潰瘍などがあるかにより、そのうちどちらかの方法を選びます。
EMRはがんが2cm以下であることが行うための条件ですが、ESDは大きな病変や潰瘍のある病変にも行われます。最近では、技術の進歩によりESDが普及しています。
胃の一部またはすべてを取り除く「手術」
肝転移や腹膜播種などの遠隔転移がない胃がんで、内視鏡治療の適応にならない場合には、手術による治療がすすめられます。
手術では、がんと胃の3分の2もしくは胃全部を取り除くのが基本です。。同時に胃の周囲のリンパ節を取り除き、食物の通り道をつくり直す消化管の再建も行います。
おなかを20cmほど切開する開腹手術と、小さい穴を開けて専用の器具で手術を行う腹腔鏡下手術があります。
腹腔鏡下手術は開腹手術と比べて歴史の浅い方法ということもあり、おもに早期のがんにおこなわれることが多いです。ただし、今後は進行したがんにも普及してくると思われます。そのため、腹腔鏡下手術を検討するときは、医師と納得できるまで話し合うことが重要です。
胃の切除
切除する範囲は、がんのある部位と病期(ステージ)の両方を考えて決めます。胃の切除する範囲によっていくつかの方法があり、①胃を全部摘出する ②幽門側の胃を切除する(3分の2切除) ③幽門を保存して胃を切除する (中央の2分の1切除)④噴門(ふんもん)側の胃を切除する(口側の3分の1の切除)、の4つが代表的です。
リンパ節郭清(かくせい)
胃を切除する際に、胃とともに周囲にあるリンパ節を切除する手術のことを指します。通常は、胃のすぐそばのリンパ節と、胃から少し離れたリンパ節を合わせて切除します。早期がんでは切除するリンパ節の範囲を狭めて手術を行います。
消化管再建
胃の切除手術の際に、胃と十二指腸や腸などの消化管をつなぎ、新たに食べ物の通る管をつくり直すこと。再建の方法にはいくつかの種類があり、胃の切除範囲などによって決めます。
周辺臓器の合併切除
肝臓、横隔膜、膵臓横行結腸など胃の周囲にある臓器にがんが広がっていた場合は、「合併切除」といって胃の切除と同時にそれらの臓器の一部を切除することがあります。手術の範囲は広くなりますが、がんを完全に切除するために行います。
胃がん手術に伴う合併症とその対策
胃がんの手術にともなって、いくつかの合併症が起こることがあります。手術後に少しでも気になることがあれば、遠慮せずに医師や看護師に相談しましょう。
縫合不全
手術で消化管を縫い合わせたところがうまくつながらずに、つなぎ目から食物や消化液が漏れることをいいます。炎症が起こり痛みや発熱などの症状が表れます。縫合不全が生じると腹膜炎を併発して再手術になることがあるので注意が必要です。
膵液漏
膵臓の周りのリンパ節を切りとった後に、消化液である膵液が漏れ出すことをいいます。膵液はタンパク質や脂肪を分解する酵素を含んでいるので、膵液漏が起こると、周囲の臓器や血管を溶かして膿瘍ができてしまうことがあります。
腹腔内膿瘍(ふくくうないのうよう)
縫合不全や膵液漏により細菌などに感染し、おなかのなかに膿のかたまりができた状態をいいます。膿瘍ができる場所により症状は異なりますが、腹痛や発熱が主な症状です。画像診断で確認し、膿瘍が起きていれば、感染を抑えるために抗菌薬を使います。また、カテーテルという細い管状の医療器具を腹腔内に挿入し膿を外に出すこともあります。
肺塞栓(はいそくせん)
手術やその後の長い時間からだを動かさないでいると、足の静脈に血栓(けっせん)という血のかたまりができてしまうことがあります。その血栓が血管の壁からはがれ、肺の血管に流れ込んで詰まることを肺塞栓といいます。肺塞栓の症状は突然の息切れや胸の痛みです。これを予防するために、手術前から足を圧迫して血行を良くする医療用の弾性ストッキングを使用したり、術中にポンプを使って下肢をマッサージしたりします。
胃がんの薬物療法とは?
胃がんの薬物療法は、他の臓器への転移(遠隔転移)がある進行がんや再発胃がんなど、手術でがんを取りきることが難しい場合に行います。
また、手術後に再発を予防するために「術後補助化学療法」として行うこともあります。
治療効果の判定は主に内視鏡やCTで行いますが、MRI、PETなどを使うこともあります。
進行がんや再発した場合の化学療法
薬だけでがんを完全に治すことは難しくても、がんの進行を抑えることで、生存期間が長くなったり、症状を和らげたりすることがわかっています。患者さんのがんの状況や臓器の機能、薬物療法の副作用、点滴や入院の必要性、通院の頻度など、医師と納得がいくまで話し合って、どのような治療を行うかを決めましょう。
術後補助化学療法
手術でがんを切除できても、目に見えないようなごく小さいがんが残っていて、再発することがあります。こうした小さいがんによる再発を予防することを目的とする薬物療法を「術後補助化学療法」といいます。手術後の患者さんの全身状態やがんの進行度を考慮しながら、治療する方法を検討します。
胃がんの薬物療法で使われる薬の種類と副作用
がんの進行やからだ全体の状態により、さまざまな薬を単独または組み合わせて使います。
胃がんの薬物療法で使われる薬には、細胞障害性抗がん薬、分子標的薬そして免疫チェックポイント阻害薬があります。
細胞障害性抗がん薬
細胞が増殖する仕組みの一部を邪魔することで、がん細胞を攻撃する薬です。がん細胞だけでなく正常な細胞にも影響を与えます。胃がんの治療では、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(TS-1:ティーエスワン)、カペシタビン、シスプラチン、オキサリプラチン、パクリタキセル、イリノテカンなどが使われます。
分子標的薬
がん細胞の増殖などに関わる分子だけを攻撃の標的とする薬です。胃がんでは、HER2と呼ばれるタンパク質ががん細胞の増殖に関わっている場合があります。治療前に病理検査を行い、HER2が陽性の場合には、HER2の働きを抑えるトラスツマブという薬を細胞障害性抗がん薬と併用して使うことがあります。また、がん細胞の増殖に関わる別のタンパク質の働きを抑えるラムシルマブを使う場合もあります。
免疫チェックポイント阻害薬
がん細胞は免疫から逃れようとして体内の免疫細胞にブレーキをかけます。それを防いで、体内にもともとある免疫細胞の活性化を持続する薬が免疫チェックポイント阻害薬です。比較的新しい薬で、胃がんではニボルマブなどが保険適用されています。
薬物療法の副作用
細胞障害性抗がん薬はがん細胞だけでなく正常な細胞にも障害を与えます。このため治療による副作用が出てくることがあります。
副作用には、口内炎、吐き気、脱毛、下痢など、自覚症状として表れるものと、血液細胞の数や、肝機能、腎機能を検査しないとわからないものがあります。そのため、自覚症状がなくても慎重に観察していく必要があります。
副作用の程度は人によって違います。最近は副作用の予防薬も開発され、特に吐き気や嘔吐に関しては以前に比べてかなり改善されてきています。副作用の症状や対処について、医師や薬剤師、看護師から、しっかり説明を受けましょう。
特定の分子だけを攻撃する分子標的薬の場合でも、副作用が出ることはあります。たとえばトラスツマブの副作用としては吐き気、嘔吐、食欲不振などが報告されています。また、パクリタキセルとラムシルマブを組み合わせた治療の副作用としては疲労、下痢、鼻血などの出血、高血圧などが報告されています。
【参考文献】
国立がん研究センターウェブサイト 胃がん
https://ganjoho.jp/public/cancer/stomach/index.html
「国立がん研究センターの胃がんの本」(小学館クリエイティブ)
- 監修者
- 布部創也
- 医師・日本消化器外科学会専門医 公益財団法人がん研究会 有明病院 胃外科部長
1996年、熊本大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科消化管外科学助教などを経て、2019年よりがん研究会 有明病院胃外科部長。消化器外科の中でも、20年近く胃外科で手術の精度を向上させることに注力。