手術を受けた後、抗がん剤治療のため何度か入院を経験しました。私の場合、自分の抗がん剤治療が夫の手術時期と重なっていたので両方をこなすのはとても大変でした。
夫の付き添いをしながら自分の治療も行う生活です。
自宅では、隣の義母が末期のがんで在宅医療を受けている中で、辛い毎日でした。
当時の心配事といえば飼っていた犬のこと。家には誰もいなかったので食事や日々の散歩などをどうしようか困っていましたが、隣に住むまだ体力の残っていた義母が世話をしてくれるとのことで助かりました。
治療と生活。一番辛かったのは倦怠感を抱えながらの両立
治療と生活を両立しなければならないなか、治療の副作用で、底知れない倦怠感がありました。
説明するのが難しいのですが、何をするのも大変で、在宅中は2階に上がるのも辛いほど。洗濯物を干すのもしんどくて、ひたすらだるくて何もする気が起きませんでした。
それ以外の症状は、吐き気止めを飲むことによる便秘や食欲不振もありましたが、でもとにかく私にとっては倦怠感が一番辛かったですね。
それでも洗濯物や掃除、もろもろの家事はやっていました。夫も闘病中でしたし、そもそも家事ができなかったので、二人で分担しようとは思わなかったです。
隣に住む義理の両親に助けを求めることもしませんでした。がん罹患中だった義母もその頃には寝込むような生活となってしまっていました。義父も私たち夫婦に対してあまり協力的ではありませんでしたし、結局は犬のお世話など一部を除き、自分でやるしかなかった。思い返せば、あらゆることを全て一人でこなさなければいけないという、その状況が一番大変でしたね。
私と義母の副作用の出方を比べていた義父
当時の悲しかった出来事で、抗がん剤の副作用が強く出ていた義母に対し、義父が厳しくあたるといったことがありました。
これは当然と言えば当然ですが、義母と私とで抗がん剤の副作用の出方がかなり異なっていました。私は自分自身に出ている副作用の症状を辛いと認識していたものの、一通りの家事はこなせたレベル、一方で義母はと言えば、副作用で起き上がることもできず寝込んでしまうような状態でした。
義理の両親が住む家は同じ敷地内です。敷地内の隣同士に家が建っていました。
私は庭を掃除することもあり、抗がん剤治療をしながらも家事を行っていました。ですからそのような私の姿を義父が毎日様子を見に来て、私と義母を比べ、
「息子の嫁はあんなにやってるのに、お前はどうしてできないんだ」
と、義母に対して厳しい言葉を掛けているようでした。
副作用は人によって出方が異なります。そのため、決して人と比べることはできません。本人も、周囲が思っている以上に辛いのだと思います。病状を理解し、安易にできること、できないことを決めつけない。そのことの大事さを痛感しました。
家族の振る舞いに闘病生活は大きく左右される
闘病生活において家族の協力を得られず、私自身、治療以上に日々の暮らしが大変だと感じることも多々ありました。そして、私だけでなく義母も大変だったと思います。
義母は私よりも先にがんに罹患し、傍目から見ても辛そうな闘病生活を送っていました。にも関わらず、抗がん剤の副作用が強く出ていた最も辛い時期に家族からの協力はおろか、厳しい振る舞いをされる生活を送っていた。本当に苦労したと思います。
がんの治療中は、家族の協力が得られるか否かに、生活が大きく左右されます。
だからこそ、家族の力はやっぱりすごく大きいです。もし身近にがんと闘っている方、もちろんがんでなくても構いません、なにかの病と向き合っている方に対して、優しい言葉を掛けたり、「あなたの味方だよ」という言葉をかけ、態度で示すこと。それが闘病中の人を支える大きな力になると思います。